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東京高等裁判所 昭和45年(行ス)21号 決定

抗告人

バーバラ・バイ

右代理人

山川洋一郎

西垣道夫

妹尾晃

相手方

羽田入国管理事務所特別審理官

愛甲勝一

右指定代理人

伴喬之助

引間晴夫

藤原棣三郎

金須稔

主文

原決定を取り消す。

相手方が抗告人に対し昭和四五年一〇月三一日付でした口頭審理認定処分の効力は、東京地方裁判所昭和四五年(行ウ)第二一四号口頭審理認定処分取消請求事件の本案判決確定に至るまでこれを停止する。

申立費用は原審抗告審とも相手方の負担とする。

理由

抗告代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由とするところは、別紙抗告理由書及び同補充書記載のとおりである。相手方指定代理人の意見は別紙意見書記載のとおりである。

右に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一、認定処分の性質について

抗告人が本件執行停止申立において効力の停止を求める口頭審理認定処分は、その実質において上陸不許可処分の性質を有し、抗告訴訟の対象となる行政処分であると解するのが相当である。即ち、口頭審理の結果、特別審理官のなす出入国管理令(以下令という。)第七条第一項各号に規定する上陸のための条件に適合していないとの認定は、単に行政庁の内部的確認行為にとどまるものではなく、これを入国申請をした外国人に通知することにより、上陸申請に対する不許可を告知するものである。上陸の申請に対する許否の処分は、上陸許可の証印もしくは退去命令によつてなされ、その前提となる認定は、行政処分ではないとの考え方も首肯しえないではないが、退去命令が本邦外への退去を下命するという積極的な効力を有する点よりすれば、その前提となる認定に不許可処分としての効力を認めることも不合理ではない。かように考えれば、異議の申出は退去命令にとつて事前審査であるが、上陸不許可処分にとつては事後審査となるのであつて、異議の申出と文辞を改正したのも、右手続が上級庁である法務大臣に対するものであつて、この点において処分庁に対してなす行政不服審査法による異議の申立とは性質を異にするから、混乱を避けるためとも考えられるのであつて、相手方の主張するように異議の「申出」の文言を用いたことが必ずしも事前審査手続であることを明らかにするためとばかりとは考えられないのである。(まず、異議の申出を事前審査手続であると解釈してそれを理由に口頭審理認定を行政処分ではないとする相手方の主張はその点においては本末転倒の議論であるとの感が免れない。)

二、認定処分の効力の停止の申立の利益について

上陸に関する令の規定は、船舶等の内で上陸申請の審査を受け、上陸の許可を受けた者のみが本邦に上陸することができ、不許可処分を受けた者は船舶等に留まり、船舶等の出港によつて本邦から退去せざるをえなくなるのが、規定の建前である。しかしながら、航空機によつて入国した場合には機内で上陸の申請の審査を行なうことは不適当であるので、上陸申請者を審査前にもかかわらず降機させ、ターミナルビル内に設置された審査場所において審査を行なうこととしているため、外国人が上陸の申請の審査を受けるために航空機を降り、指定された通路を通つて審査場所に到り、審査手続が終了するまでその場所に留まることになり、事実上は本邦内の陸上に留まつているわけであるが、令の運用上からは事柄の性質上未だ本邦に上陸したものとは解せられないのであつて、さらに審査手続が口頭審理、異議の申出、裁決と順次行われて即日終了しないときに、審査場所の範囲をその最至近距離内にある特定のホテル内の特定箇所にまで拡張して、当該ホテルに止宿させる場合についても同様に解することができる。しかしながら、以上はあくまで上陸の申請の審査のためになされるものであるから、上陸申請の審査手続が退去命令の発出により終了すれば、もはやかかる取扱いをする必要もなくなるので、退去命令に指定された乗船予定日を経過しても依然として滞留する場合には、上陸許可の証印を受けないで本邦に上陸した者として、令第二四条第一項第二号規定する不法上陸者に該当すると解するのも一つの考方であり、現に相手方はそのように主張している。

そうだとするならば、本件口頭審理認定処分の効力が停止されれば、上陸申請の審査手続がまだ終了していないことになり、抗告人が審査場所又はその範囲を拡張されたホテル内に滞留することは、いまだ本邦に上陸したものとはみなされないことになり、不法上陸を理由に抗告人に対し国外退去を強制しえなくなる、かかる意味において抗告人に対して本件申立をなす利益があるというべきである。(当裁判所としては退去命令に強制力を与えず、上陸の申請をした外国人の任意退出を期待した令の建前とその考方の合理性を思うと、退去命令に従わなかつたときには退去強制の理由として挙げられているいわゆる不法上陸者に該当すると解することは法律解釈としては誤つていると考える。

そうだとするならば認定処分の効力の停止を求めなくても不法上陸を理由として退去を強制されることはないので停止を申立てる利益がないことになる。

しかしながら退去命令に従わなかつた外国人をそのまま本邦内に滞留させておいてよいとは云えず、むしろ退去させる方法を考えるのが当然だというべきであるので、令の解釈として相手方の主張するような考方も無下に否定し去る訳にも行かず、それ故に停止の申立の利益ありと解するもので、要は令の改正問題として早急に立法によつて解決されるのが適当と考える。)

三、本件についての事実認定(申立の要件の具備について)

(1)  本件記録によれば、抗告人に対して相手方が上陸不許可処分をなすに至つた経緯は、すべて原決定摘示のとおりであることが疎明される。そして抗告人が本件執行停止申立事件の本案訴訟における不服の理由は、抗告人の申請した観光という在留資格が虚偽のものではないとは認められず、かつ、令第四条第一項各号所定の在留資格の一に該当しないとした口頭審理認定処分の事実誤認による違法を主張するにあることは本件記録に基づきうかがうことができる。

一般的に外国人の入国の規制は、国際法上国家の自由な決定に委ねられ、原則として国家は外国人の入国を許すべき義務を負うものではなく、外国人は入国する権利を有するものではない。これは国際法上確立された慣習法であると解されている(条約による制約についても、わが国と抗告人の本国であるアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約においても、相互の国民が、外国人の入国及び在留に関する法令の認めるその他の目的をもつて、他方の締約国の領域に入り、在留することを許される―第一条IC―と規定するにすぎない)。国際交通の自由の原則は好ましいにしても、現行法上においては、あくまで理想にすぎないのである。わが国においては、出入国管理令が外国人の在留資格を定め、外国人は在留資格を有しなければ本邦に上陸することができない(第四条第一項)と規定しているのであるが、右規定の趣旨は、上陸を許すべき外国人の資格を限定し、従つて、そのいずれにも該当しない外国人は上陸を許さないとしているものと解すべきであつて、令の規定する在留資格は単に上陸しようとする外国人を分類し、その在留を規制するための技術的手続的規定にすぎず、上陸しようとする外国人は、すべていずれかの在留資格に該当し、上陸の拒否事由(令第五条)に該当しないかぎり入国が許されるものと解することはできない。従つて同じく旅券に証印を受けることを要するといつても、出国の証印(令第二五条)と入国の証印(令第九条)とではその性質を異にし、前者は、外国人が本来的に出国の権利を有している点よりして管理の適正を期するための技術的手続的制約にすぎないけれども、後者は、外国人は、本来的に入国の権利を有せず、これによりはじめて本邦に上陸し、在留する法的地位を付与されるのである。抗告人は、かように解すれば、法の定めない上陸拒否の事由を設けるに等しいと主張するが、在留資格の規定(令第四条)と上陸拒否の規定(令第五条)とは規制の面を異にし、第五条の規定は、形式的に第四条に該当しても第五条に規定する拒否事由があれば、本邦に上陸できないというのであつて、第五条に該当しない者はすべて第四条のいずれかの規定に該当し、在留資格があるというわけではない。在留資格のいずれかの一に該当しない者が上陸を許されないのは現行制度上当然であつて、上陸拒否以前の問題である。抗告人のこの点に関する主張は令に規定する在留資格についての立法論としてなら格別、令の解釈論としては理由がない。

令第四条第一項第四号に規定する観光客の行なうべき観光の概念の内容、範囲は、同項のその他の各号に規定する者の行なうべき活動が、主として経済、商業、文化芸術、教育研究、宗教等積極的な活動を内容としているのに比較して必ずしも明確であるとはいい難く、在留資格の規定について改正の要ありと考えられるが、そうだからといつて現行法上その内容を広く解して、他の各号に該当しないものはすべてこれに含まれると解しえないことは、前記のとおり、出入国管理令はすべての外国人の入国を許す建前とはなつていない点、また同項が包括規定(第一六号)をおいている規定の体裁からしても明らかである。従つて観光の概念は限定的であるべきであつて、以上の点よりして、同号にいう観光客の行なうべき観光とは、文言通り名所、旧跡、景観等の見物等狭義の観光を規定したものというべきでそのほか、休養、娯楽、近親友人訪問、並びにこれらに類する活動を含めても差支えないと解するのが相当である。右観光客の概念如何は別として、ある活動が右にいう観光の概念に含まれるか否かということと観光客がその活動をすることが出入国管理令の上から許されるか否かということとは別異に考えるべきであつて、当該活動が仮りに観光の概念に含まれないとしても他の在留資格に属する者の行うべき活動でないかぎり、観光客が観光に伴なつて、あるいは従としてその活動をすることは、現行法上令の規制の対象とはならないものと解する。(令第二四条も資格外活動のうち他の在留資格に属する者の行なうべき活動のみをとりあげて退去強制事由に掲げる、なお在留資格の変更についての規定の中に観光客は除外されていることも合せ考えるべきである)。以上のことは、上陸申請にかかる在留資格が虚偽のものでないか否かを判断するにあたつても同様に解すべきである。

よつて抗告人の申請にかかる観光の在留資格が虚偽のものではないと認められるか否かについて検討するに、抗告人の今回の本邦への入国は、その実質において沖繩旅行以前の本邦での在留の継続とみなすベきであるから、右在留中の抗告人の活動は、今回の上陸目的を検討するについて判断の資料となるものというべきである。本件記録によれば、抗告人が昭和四五年七月二日から同年一〇月二四日まで本邦に在留中東京及びその周辺、京都、大阪、奈良、広島岩国およびそれらの周辺、九州についていわゆる狭義の観光を行つていることが疎明されるが、また他方その宗教的反戦の信念から岩国、福岡、佐世保において米軍兵士に反戦に関するカウンセリングを行なうほか、センパー・ファイ等の機関紙あるいはビラの配布、マイクで反戦を呼びかけ、広島においてデモ行進に参加する等の活発な反戦活動(これらの活動の多くは観光の概念には含まれないと解せられる。)をしたことが疎明される。さらに抗告人は、口頭審理において来日の目的は、すでに反戦の信念を持つているできるだけ多くの日本人と、如何にすれば米軍基地に関して日本人が最も良く反戦活動を続けられるかということについて語り合うことであり、また、日本の秋も楽しみたいと供述しており、さらに法務大臣に対する異議申出書には、本邦各地の観光旅行の計画をもつていることを述べていることが疎明される。これらの事実によれば本件停止申立事件としては相手方の主張するように抗告人の上陸目的がその主張にもかかわらず、観光は単なる名目的形式的なものにすぎず、真の目的はもつぱらあるいは主として反戦活動を行なうにあり、従つて、申請にかかる在留資格は虚偽のものではないとは認められないと断定することは困難であり、右の点は本案訴訟における主張、立証にまつべきものと考える。従つて本案の審理を経ない現段階では本件口頭審理認定処分の適法であることが疑いを容れる余地のないほど明白であるとはいい難く、本件申立はその本案が理由がないとみえる場合にあたらないというべきである。

よつて右と判断を異にし抗告人の申請に係る在留資格が虚偽のものでないと認められないと判断した認定処分を違法とはいえないとした原決定は失当であり、この点において本件抗告は理由があり、抗告人の本件申立は行法二五条の要件を欠くものではない。

(2)  抗告人の本件執行停止申立について他の法定要件である回復困難な損害を避ける緊急の必要の有無について判断する。抗告人は、本件処分の効力を維持されると本邦より出国せざるをえず、さらに退去強制処分により身柄を拘束され、本国へ送還されるおそれも生ずる。(当裁判所としては退去強制の処分が許されないと解することは前に述べたとおりであるが、相手方は現に右処分をしようとしていることは明かであるので、事実上上記おそれのあるものと云える)かくては、本件処分の取消しを求める本案訴訟の維持が事実上不能となつて、裁判上の救済の途が閉されるばかりではなく、今後一年間は、本邦への入国は許されなくなる(令第五条第一項第九号)。従つて抗告人は、回復困難な損害を蒙るおそれがあり、これを避けるため右処分の効力の停止を求める緊急の必要があるというべきである。

四、よつて、原決定を取消し、抗告人の申立を容認することとし、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。(石田哲一 杉山孝 小林定人)

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